東京地方裁判所 昭和54年(行ウ)45号 判決 1980年9月25日
原告 天龍株式会社
被告 江東西税務署長
代理人 布村重成 奥原満雄 ほか二名
主文
原告の請求をいずれも棄却する。
訴訟費用は原告の負担とする。
事実
第一当事者の求めた判決
一 原告
1 原告の昭和五〇年四月一日から昭和五一年三月三一日までの事業年度分の法人税につき被告が昭和五二年六月二一日付けでした更正処分及び過少申告加算税賦課決定処分のうち所得金額を二二九八万五二一九円として計算した額を超える部分を取り消す。
2 原告の昭和五一年四月一日から昭和五二年三月三一日までの事業年度分の法人税につき被告が昭和五三年六月三〇日付けでした更正処分及び過少申告加算税賦課決定処分のうち所得金額を一一五九万七〇四一円として計算した額を超える部分を取り消す。
3 訴訟費用は被告の負担とする。
二 被告
主文同旨
第二当事者の主張
(請求原因)
一 原告は、食品の製造販売を主たる目的とする青色申告法人であるが、昭和四九年五月三一日開催の第二六期定時株主総会において、取締役の報酬は年額三〇〇〇万円以内とし、その具体的な支給額及び支給方法は取締役会に一任することを決議し、昭和五〇年六月五日開催の取締役会において、同年同月から昭和五一年五月までの取締役の報酬につき、<1>代表取締役米澤義槌の年間報酬は一一〇〇万円とし、七月及び一二月に各一二五万円、その他の月に各八五万円支給すること、<2>専務取締役福井の年間報酬は五〇〇万円とし、七月及び一二月に各七五万円、その他の月に各三五万円支給すること、<3>常務取締役米澤英樹の年間報酬は三〇〇万円とし、七月及び一二月に各五〇万円、その他の月に各二〇万円支給することを決議し、また、昭和五一年六月一五日開催の取締役会において、同年同月から昭和五二年五月までの取締役の報酬につき、<1>代表取締役米澤義槌の年間報酬は一一六〇万円とし七月及び一二月に各一三〇万円、その他の月に各九〇万円支給すること、<2>専務取締役福井の年間報酬は五六〇万円とし、七月及び一二月に各八〇万円、その他の月に各四〇万円支給すること、<3>常務取締役米澤英樹の年間報酬は三〇〇万円とし、七月及び一二月に各五〇万円、その他の月に各二〇万円支給することを決議した。
二 原告は、昭和五〇年四月一日から昭和五一年三月三一日までの事業年度の法人税の確定申告に際し、同事業年度中に支給した取締役の報酬を損金に算入し、昭和五一年五月三一日に所得金額を二二四四万九四六九円とする確定申告をしたところ、被告は、昭和五二年六月二一日付けで、七月及び一二月に支給した取締役の報酬のうち他の月の報酬額を超える部分合計二二〇万円(米澤義槌分八〇万円、福井分八〇万円、米澤英樹分六〇万円)を役員賞与と認定してその損金算入を否認し、所得金額を二五一八万五二一九円、税額を六八七万五八〇〇円とする更正処分及び過少申告加算税の額を五万四四〇〇円とする賦課決定処分をした。また、原告は、昭和五一年四月一日から昭和五二年三月三一日までの事業年度についても、同事業年度中に支給した取締役の報酬を損金に算入して、昭和五二年六月三〇日に所得金額を一一五九万七〇四一円とする確定申告をしたところ、被告は、昭和五三年六月三〇日付けで、前期同様七月及び一二月に支給した取締役の報酬のうち他の月の報酬額を超える部分合計二二〇万円を役員賞与と認定してその損金算入を否認し、所得金額を一三七九万七〇四一円、税額を一七〇万七三〇〇円とする更正処分及び過少申告加算税の額を四万三四〇〇円とする賦課決定処分をした。
原告は、右各処分を不服として審査請求をしたが、いずれも棄却された。
三 しかし、右各処分のうち、昭和五〇年及び昭和五一年の各七月及び一二月に前記三名の役員に対し支給した報酬のうち他の月の報酬額を超える部分(本件各係争事業年度とも合計二二〇万円。以下「本件係争支給額」という。)を役員賞与と認定して損金算入を否認した部分は、次のとおり、違法であるから、取り消されるべきである。
1 法人税法(以下「法」という。)上、役員報酬は損金に算入されるのに対し、役員賞与が損金に算入されないのは、役員報酬が役員の職務執行の対価として支払われ法人の事業遂行上必要な経費として考えられるのに対し、役員賞与は法人の利益処分として支給されるものであるからである。法は、役員報酬とは役員に対する給与のうち賞与及び退職金を除く給与をいい(三四条二項)、役員賞与とは臨時的な給与をいう(三五条四項)と定めているので、役員報酬と役員賞与を区別する形式的基準が臨時的な給与であるか否かにあることは一応首肯できるが、役員賞与が損金に算入されない所以はそれが利益処分である点にあることを考えるならば、具体的な給与が役員報酬であるか役員賞与であるかを判定するについては、右の形式的基準と併せて、前記のような両者の本質的差異に基づく実質的基準を考慮しなければならない。法が、定期に支給される定額の給与であつても、利益に一定の割合を乗ずる方法により算定されることになつているものはこれを利益処分としてとらえて報酬としない(三五条四項)とか、報酬であつても支給額が過大な部分はこれを利益配分ととらえて損金に算入しない(三四条一項)等と規定しているのは、単に当該給与が臨時的なものか定期のものかということのみによつてではなく、職務遂行の対価か利益配分かという実質的考慮をも加えて損金算入の可否を決する態度をとつていることを示すものである。
ところで、右形式的基準として法の定める臨時的な給与とは、予めその支給時期が定められていない不時、一時的な給与をいうものであり、これと反対の臨時的でない給与すなわち定期の給与とは、予めその支給時期が定められている給与をいうものである。定期の給与とは、このように支給時期が予め定められているものであれば足り、それ以上に、日給、週給、月給という月以下の単位による一定額の給与であること(支給額の一定性)までも要求されるものではない。したがつて、予め定められたところに従つて支給された給与が特定の月において他の月より多額であつたからといつて、その超過分が当然に臨時的な給与として賞与となるものではなく、それが業務執行の対価であつて利益処分性がないと認められる限り、役員報酬として取り扱われるべきものである。
2 前記のとおり、原告は、取締役会において予め各取締役毎の報酬総額、支給時期及び支給額を定め、それに基づき役員報酬を支給したものであり、七月及び一二月の支給分が他の月より多かつたとしても、それは予め定められた方法及び額により支給されたものであるから、定期の給与というべきことに変わりはなく、業務執行との対価性が認められる限り報酬と認めて損金に算入すべきである。したがつて、本件係争支給額を賞与として損金算入を否認した本件処分は違法である。
なお、原告は、利益処分としての役員賞与を株主総会の決議を得て別途支給している。
(請求原因に対する認否)
一 請求原因一のうち、原告が食品の製造販売を主たる目的とする青色申告法人であること、原告の株主総会議事録及び取締役会議事録に原告が主張する内容の記載があることは認めるが、右株主総会及び取締役会が開催されたことは知らない。
二 同二は認める。
三 同三の主張は争う。但し、原告が本件係争支給額とは別に利益処分による賞与を支給していたことは認める。
(被告の主張)
一 被告が本件各係争事業年度の所得金額の算定において確定申告額に役員賞与の損金算入否認額各二二〇万円を加算したのは、損金に計上されていた本件係争支給額が役員に対する賞与に該当し、法三五条一項により損金とすべきものでないと認められたからである。
二 本件係争支給額が役員賞与に該当すると認められる理由は、次のとおりである。
1 法三四条二項及び三五条四項の規定に照らすと、役員に対する給与が報酬であるか賞与であるかは、当該給与が臨時的な給与であるか否かによつて決定されるのであり、当該給与が法人の事業遂行のための職務執行の対価として支給されたものであるか否かによつて区別すべきものではない。
そこで、臨時的な給与の意義について検討するに、法三五条四項が「他に定期の給与を受けていない者」に対し継続して毎年所定の時期に定額を支給する旨の定めに基づいて支給されるものを臨時的な給与から除外していることの反面解釈及び立法の沿革(すなわち、昭和三四年政令第八六号による法施行規則の一部改正により新設された同規則一〇条の三第四項は、「賞与とは、名義の何たるを問わず、臨時的に支給される給与(継続して毎年所定の時期に定額を支給する旨の定に基づいて支給されるものを除く。)で退職給与金以外のものをいう。」と規定していたが、この規定によると、いわゆる盆暮等に賞与相当額を報酬として支給することを定めている場合には、これを報酬と解さざるを得ないとの疑問を生じたので、この疑問を解消するため、同年政令第三二二号による同条項の改正において、右かつこ書の「継続して」の前に「当該法人から他に定期の給与の支給を受けていない者に対し」との文言が追加挿入され、これが現行法に引き継がれているものである。)に照らすと、「他に定期の給与を受けている者」すなわち予め定められた支給基準に基づいて毎日、毎週、毎月のように月以下の期間を単位として規則的に反復継続して給与を支給されている者については、毎年所定の時期(例えば、盆暮)に定額を支給する旨の定めに基づいて支給されたとしても、当該給与は臨時的な給与に該当することが明らかである。したがつて、法上、役員に対する報酬とは、規則的に反復継続して一定の金額が定期的に支給されたものをいい、それ以外に支給されたものは賞与というべきである。実際問題としても、株主総会において予め企業利益を予想してその分を含めた役員報酬総額を決議し、その中から夏季及び年末時に他の月の報酬より増額して給与を支給するという場合が考えられるが、もし、このような場合の増額支給分を報酬と認めるとすれば、賞与がすべて報酬化されてしまい、租税負担の公平の原則からみて不当な結果が招来されることになる。
2 これを本件についてみると、原告は前記三名の取締役に対し毎月反復継続して一定額の給与を支給しているところ、本件各係争事業年度の各七月及び一二月には右一定額の給与に本件係争支給額を加えて支給したものであるから、たとえ、右増額支給をすることを予め取締役会において決議していたとしても、本件係争支給額は臨時的な給与であり賞与に該当するものである。
3 なお、原告は、本件係争事業年度の前の二事業年度においても各七月及び一二月に代表取締役らに対し他の月の支給額よりも増額した給与を支給していたが、右増額支給分については、これを報酬ではなく役員賞与として処理していたものである(当該年度の法人税確定申告書においては、右増額支給分を損金不算入として原告の利益金額に加算して所得金額を計算している。)。しかるに、本件各係争事業年度においては、事前に株主総会で取締役の報酬総額を決議し、更に取締役会において右総額の範囲内で七月及び一二月の増額支給及びその金額を決議していたとして、右増額支給分を報酬として処理したものであるが、右のような決議があつたというだけで、従前賞与であつたものが報酬に変わるものではない。
(被告の主張に対する原告の認否)
原告が本件係争事業年度の前の二事業年度において各七月及び一二月に代表取締役らに対し他の月の支給額より増額した給与を支給し、右増額支給分を報酬ではなく賞与として処理し、確定申告の際に損金不算入としていたことは認める。
第三証拠 <略>
理由
一 原告が、食品の製造販売を主たる目的とする青色申告法人であり本件各係争事業年度において代表取締役米澤義槌、専務取締役福井及び常務取締役米澤英樹の三名の役員に対し毎月給与を支給したが、七月及び一二月の支給額は他の月の支給額よりも本件係争支給額だけ増額されていたこと並びに請求原因二の課税経過については、当事者間に争いがない。
二 そこで、本件係争支給額が損金に算入されない役員賞与に該当するものであるか否かについて判断する。
1 法三四条二項は、法人が役員に対して支給する報酬とは、役員に対する給与(債務の免除による利益その他の経済的な利益を含む。)のうち、法三五条四項に規定する賞与及び退職給与以外のものをいうと規定し、法三五条四項は、賞与とは、役員又は使用人に対する臨時的な給与(債務の免除による利益その他の経済的な利益を含む。)のうち、他に定期の給与を受けていない者に対し継続して毎年所定の時期に定額(利益に一定の割合を乗ずる方法により算定されることとなつているものを除く。)を支給する旨の定めに基づいて支給されるもの及び退職給与以外のものをいうと規定している。これによれば、右の「臨時的な給与」に当たるものが法にいう役員報酬として認められないことは明らかである。一般に、役員報酬は、役員の通常の業務執行の対価であつて、事業経営上の経費から支出されるのに対し、役員賞与は、利益獲得の功労に対する報賞であつて、利益金の一部から与えられるものであり、それゆえに法人の所得の計算上、役員報酬は原則として損金に算入されるが、役員賞与については損金算入が認められていない(法三四条一項、三五条一項)。このように、役員報酬と役員賞与とはその本来の意義ないし内容を異にするものであるが、現実に役員に支給される給与が業務執行の対価であるか否かを他から判別することは実際上必ずしも容易ではなく、また、同族法人等において利益処分として支給すべきものを安易に報酬化することによつて課税を免れる場合も考えられるので、法は、税務執行の便宜と租税負担の公平を図る見地から、前記のように、専ら「臨時的な給与」であるか否かという給与の支給形態ないし外形を基準として報酬と賞与とを区別することとしているのである。したがつて、原告主張のように、支給形態が臨時的と認められる給与について更にその業務執行対価性の有無を論じてこれを役員報酬と認める余地はないものというべきである。
そして、右にいう「臨時的な給与」の意義については、法に格別の規定はないが、法三五条四項が、「毎年所定の時期に定額を支給する旨の定めに基づいて支給される給与」も「臨時的な給与」に含まれうることを前提として、「他に定期の給与を受けていない者」に対し支給したものについてこれを「臨時的な給与」のうちから除外していること並びに社会通念によつて考えれば、単に当該給与の支給時期又は支給額が予め定められているか否かのみによつて一律に決まるものではなく、その支給時期、支給回数及び支給の趣旨等を、年間のその他の給与の支給状況全体との関連において考察し、これによつて当該給与が経常性のない一時的なものと認められるときは、右にいう「臨時的な給与」に当たるものと解すべきである。
2 本件についてみるに、<証拠略>によれば、原告は、本件各係争事業年度において、請求原因一記載のとおり株主総会及び取締役会の決議で予め定めたところに従い、前記三名の役員に対し、七月及び一二月を除くその余の月は毎月一定額を支給し(ただし、昭和五一年四月一日から昭和五二年三月三一日までの事業年度においては右一定額より若干少い額が支給された月もある。)、盆暮にあたる七月と一二月だけは右一定額に三〇万円ないし四〇万円を加算して支給していたことが明らかである。このような支給形態をわが国における一般的な給与慣行及び社会通念に照らしてみると、右加算支給された本件係争支給額は、その支給時期及び年間の支給回数等からみて経常性を有するものとはいいがたく、特段の事情がない限り前記の「臨時的な給与」に該当するものと認めざるをえない。
もつとも、右取締役会の決議は、取締役の報酬を年額三〇〇〇万円以内とし具体的な支給額及び支給方法は取締役会に一任する旨の株主総会の決議に基づき、各取締役の報酬を年額で定めたうえ、その報酬の支給方法として各月ごとの支給額を定めるという形式をとつているので、あたかも年俸制の報酬を月割支給するものであるかのごとき観を呈している。しかし、原告は、本件係争事業年度の前の二事業年度においても本件係争事業年度と同様に七月と一二月に役員に対し他の月の支給額より増額した給与を支給していたところ、この増額支給分については、原告自らこれを報酬ではなく賞与として処理し、確定申告に際し損金不算入としていたことは、当事者間に争いがなく、原告代表者尋問の結果によれば、原告が本件係争事業年度においてあえて従前と異なる処理をしたのは、給与の内容や支給形態に変化があつたからではなく、新たに取締役会においてその支給時期及び支給額を予め定めておいたからということを唯一の理由としているものであり、右取締役会の決議は、ひつきよう、それにより前年度までは利益処分として支給してきた給与を報酬に取り込んで損金処理をしようとしたためであつたと認められる。したがつて、右決議によつて本件係争事業年度における給与の性質が前の事業年度におけるそれと異なるものになつたとは認められず、その支給につき新たにその支給時期及び支給額を予め定めたからといつて、それだけで直ちに全部が「臨時的な給与」たりえなくなるものでないことは、既に述べたとおりである。
3 以上によれば、他に特段の事情の認められない本件においては、本件係争支給額は法三五条四項に定める「臨時的な給与」に当たると解するのが相当である。そして、それは、「他に定期の給与を受けていない者」に対して支給されたものではなく、また、退職給与でもないことは明らかであるから、役員賞与にほかならないというべきである。原告が右役員に対し別途に利益処分としての賞与を支給していたことは当事者間に争いのないところであるが、既に述べたとおり、法における賞与は、必ずしも利益処分として支給される給与に限られるものではないから、それ以外の臨時的な給与を賞与と認めることの妨げとなるものではない。
三 よつて、本件係争支給額を役員賞与と認定して損金算入を否認した本件各処分に原告主張の違法はないから、原告の請求を棄却することとし、訴訟費用の負担につき行政事件訴訟法七条及び民事訴訟法八九条を適用して、主文のとおり判決する。
(裁判官 佐藤繁 泉徳治 岡光民雄)